遺言書作成のススメ
相続対策を考えるに当たって、最も重視すべきは「円満な資産承継」です。
相続で揉めてしまうと、相続人同士の間で感情的なしこりが残り続けることになり、相続税を計算するうえで有利となる各種特例も使えなくなってしまいます。
(相続税の申告期限から3年以内に話し合いがまとまれば使える特例もありますが、相続発生から10か月後の申告期限では、一旦特例が使えない状態で計算した相続税を納税する必要があります。)
円満な資産承継を実現する方法の一つとしては、「遺言書の作成」が挙げられます。
「遺言書」という言葉を聞くと、「遺書」のイメージが思い浮かび、積極的に作成しようと
思わない方もおられるかもしれません。
しかし、ご家族構成やお互いの関係性、所有する資産の内容によっては、「遺言書を作成していれば」というケースが多々あるのも現実です。
ある程度一般化してご紹介すると、次のような場合は遺言書の作成が効果的だと思われ
ます。
1.お子様がいないご夫婦
お子様がいないご夫婦の夫が亡くなった場合、相続人は妻と夫の兄弟姉妹となります。
(上の家族関係の場合、夫の相続人は妻、夫の姉、夫の弟の3名)
遺言書が無ければ、妻と夫の兄弟姉妹との間で遺産分割協議が必要となりますが、妻と夫
の兄弟姉妹とは疎遠なことも多く、妻には精神的な負担をかけてしまう可能性があります。
このような場合、夫婦お互いが「全財産を配偶者に相続させる」旨の遺言書を作成してお
くことが有効です。相続人である兄弟姉妹(代襲相続人である甥・姪も含めて)には、最低
限の割合を相続できる権利として⺠法で保障されている「遺留分」がありません。
よって、「全財産を配偶者に相続させる」旨の遺言書さえあれば、兄弟姉妹との遺産分割
協議を行うことなく、遺留分を主張されることもなく、遺言書どおりの資産承継を実現する
ことができます。
なお、夫より妻が先に亡くなると、「全財産を配偶者に相続させる」という夫の遺言書は
無効となり、夫の相続時には遺産分割協議が必要となってしまいます。
このため、相続が発生する順番が前後することも想定して、「配偶者が先に亡くなってい
た場合には、配偶者に相続させるとした財産は〇〇に相続させる(または遺贈する)」とい
う予備的な記載も盛り込んでおくことで、遺言書を書き換えたり遺産分割協議が必要にな
ることを回避することができます。
2.前妻との間に子がいる場合
上の家族関係の場合、夫の相続人となるのは後妻、子A、子Bの3名で、法定相続分は後
妻が2分の1、子Aと子Bはどちらも4分の1となります(遺留分はその半分の8分の1)。
このケースも子Aと後妻・子Bとの関係が疎遠であることが想定され、相続人間の遺産
分割協議となると話し合いが⻑期化することも考えられます。
例えば、後妻と子Bに財産の多くを残したい意向がある場合は、子Aの遺留分にも配慮
した遺言書を作成しておくことで、相続争いとなることを未然に防ぐ効果が期待できます。
夫の自宅について、夫の相続発生後は後妻が相続し、後妻の相続発生後は子Aに承継し
たいとの意向があるような場合、「配偶者居住権」の活用が考えられます。
具体的には、自宅に居住する権利(配偶者居住権)は後妻に遺贈し(※)、自宅の土地・
建物の所有権は子Aに相続させる旨の遺言書を夫が作成します。
(※)遺言によって配偶者居住権を取得させる場合、「相続させる」ではなく「遺贈する」 と記載する必要があります。
こうすることで、夫の相続後は自宅の土地・建物の所有権を子Aが承継しつつ、後妻は 配偶者居住権があることで安心して自宅での居住を継続することができます。
なお、後妻に相続が発生した場合、配偶者居住権は消滅し、子Aは土地・建物の完全な所 有権を有することになりますが、これに伴う課税関係は生じません。つまり、子Aに対して 相続税や贈与税はかかりません。
3.相続人の中に未成年者や意思能力のない方がいる場合
未成年者や意思能力のない方は、遺産分割協議の当事者になることはできません。そのた
め、遺産分割協議を行うためには特別代理人の選任を申立て、これらの方に代わって遺産分
割協議に加わってもらう必要があります。
特別代理人の選任申立ては家庭裁判所の許可が必要であり、その際遺産分割協議書の素
案について提示を行いますが、家庭裁判所からは法定相続分に相当する金額の取得を求め
られるのが一般的です。
遺言書があれば、特別代理人の選任を行う必要もなく、法定相続分にとらわれない資産承
継を考えることができます。(ただし遺留分には配慮が必要です。)
4.相続人の中に海外在住の方がいる場合
海外在住の方との間で遺産分割協議を行うこと自体は可能ですが、郵送のやり取りや印
鑑証明書に代わるサイン証明書の取得が必要になるなど、どうしても手間がかかるため遺
言書を準備しておいた方がスムーズであることは間違いありません。
また、海外在住の方がいる場合の税務上の留意点としては、「国外転出時課税」がありま
す。その内容は、1億円以上の有価証券を所有する方から、相続により海外在住の非居住者
が有価証券を取得した場合、有価証券を売却していないにもかかわらずその含み益に対し
て所得税が課税されるというものです。
(担保提供等の一定の手続を行い、納税猶予の適用を受けることもできます。)
よって、「国外転出時課税」の条件に当てはまりそうな方は、海外在住の方には有価証券
以外の金融資産を相続させる旨の遺言書を作成しておくなど、思わぬ税負担が生じないよ
うな工夫も必要です。
5.財産に占める不動産の比率が高い場合
不動産は金融資産と異なり等分に分けることが困難な財産であり、後々の維持管理等を
考えると、売却する方針が固まっているような場合を除き相続人間での共有は避けるべき
だと思います。
一方で、例えば⼤半の不動産は⻑男に、⻑⼥には一定の金融資産を相続させるとすると、
両者が取得する金額にはどうしても乖離が生じてしまうほか、多くの不動産を相続する⻑
男は自身の相続税の納税資金を工面する必要もあり、これらは財産構成が不動産中心であ
る場合の特有の問題点とも言えます。
仮に遺言書が無い状態で相続が発生すると、どの資産をどのように承継するかを白紙の
状態から話し合う必要があるため、残された相続人も⼤変で、話し合いも⻑期化する可能性
があります。このため、「この不動産は〇〇に遺したい」というお考えを少しずつ整理して、
相続人それぞれの遺留分にも配慮した遺言書を作成しておくことが望ましいと思います。
遺産分割協議が確定するまでの不動産収入は、遺産とは別個の財産であり、各相続人がそ
の法定相続分に応じて取得するものとされています。(平成17年9月8日最高裁判決)
よって、遺産分割協議が⻑期化し、最終的には収益不動産を⻑男が相続することになった
としても、遺産分割協議がまとまるまでの間の不動産収入は⻑男が全てを取得することは
できないということになってしまいます。
遺言書で収益不動産を相続する方を特定しておけば、このような問題は回避することが
できます。
6.遺言書の種類
遺言書を作成する場合は、通常は自筆証書遺言または公正証書遺言によることになりま
す。自筆証書遺言は遺言者が全文を自書することが必要ですが、平成31年1月13日以降
に作成するものは方式が緩和され、財産目録部分は自書が不要となりました(※)。
(※)パソコンで作成したり、土地は登記事項証明書、預貯金は通帳写しの添付によること
もできます。財産目録の各頁には遺言者の署名・押印が必要です。
また、令和2年7月10日からは法務局における自筆証書遺言保管制度が始まり、これま
では自宅や貸金庫等で保管するしかなかった自筆証書遺言を法務局に預けることができる
ようになりました。
この制度の特徴としては、①⺠法の定める形式に適合しているかを法務局でチェックし
てもらうことができること、②遺言書の紛失や改ざん等の心配が無いこと、③相続開始後に
家庭裁判所における検認が不要であることが挙げられます。
自筆証書遺言はご自身で手軽に作成することができ、方式緩和や保管制度によって使い
勝手も良くなりましたが、法的な安定性が高いのはやはり公正証書遺言です。
公証役場の手数料はかかりますが、遺言書を作成するなら公正証書遺言がおススメです。